ひと言集

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平成23年5月18日

5月のことば

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「Aせんせいからの贈り物」

 月に一度R施設を訪問したとき必ずAさんにご挨拶に伺う。91歳のAさんは最近転んでから車椅子の生活になった。南向きの明るい部屋のベッドの上で本を読んでいることが多い。ご挨拶をするとあわてて床頭台の上の補聴器を探して耳に着けた。「耳が聞こえないのよ。“天は二物を与えず“という言葉があるけれど、まあ目が見えるからよしとしなければ」と笑う。

 Aさんは長いこと教師をしていた。定年後ボランティアとしてR施設に来ていた。デイサービスの音楽療法ではAさんがピアノで伴奏していた。古典が得意で利用者に読み聞かせなども行っていた。

 お元気だったAさんが4・5年前から歩行状態が悪くなって杖を使いやがてシルバカーを利用するようになった。それでもボランティアを続けていた。ご主人を見送り子どもたちも独立して一人暮らしをしていたAさんはR施設のデイサービスの利用者となった。利用者になってもボランティア活動は続けていたが、やがて施設入所となった。

 20年以上もボランティアとして通った大好きなR施設である。スタッフはじめ入居者やご家族の多くはAさんのことを知っている。「Aせんせい」と親しく尊敬をこめて呼ばれている。

 入居してからもオルガンを弾いて入居者と一緒に歌をうたったり、「古典を学ぶ会」を作って活躍している。

 「今ね、徒然草を読んでいるのよ。1.300年以上前に書かれたこと、今読んでも少しも古いと思えないわね。本当にその通りと思うことばかりよ」と話す。

 長年Aさんにお会いしているが、不機嫌な表情や怒った顔に出会ったことがない。いつもこぼれるような笑顔である。入居者の大半は80歳の後半から100歳前後で病弱である。認知症の方も多い。こうした中で生活をしていてもAさんからは一度も苦言を聞いたことがない。いや、人のことをとやかく言うことはない。

 「私ね、この頃忘れっぽいのよ。間違ったことを言ったら困るので、古典の会の前には話すところを何回も読み返すのよ。字を書くときも間違った字を書いたのではないかと不安になって辞書が離せないわ」と言う。自分の心に正直に生きている“Aさんの全身から先生”があふれているように思えた。

 それにしてもAさんの謙虚さ大らかさには毎回感服する。私自身のいい加減さを恥じ入るばかりである。Aさんの素晴らしさは生来の人柄もあると思うが、それだけではないと思う。

 Aさんにお会いする度に「素晴らしい贈り物」を頂いた気分になる。さて、私も「徒然草」をもう一度読みかえしてみよう。