ひと言集

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平成23年9月20日

9月のことば

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「母」

 施設に入所して4年目を迎える96歳のAさん(女性)認知症はないが両足が不自由で補助器具を使用して施設内を歩くのが精一杯の生活である。「長生きをして一人ぼっちになりましたわ」というのがAさんの口癖である。3人いた妹に先立たれ、次いで夫と子供にも先立たれた。甥や姪はいるがめったに会う機会はないという。「寂しいですね」と返すと「本当に寂しいですよ」と・・・

 「寂しいときは何を考えていますの」と尋ねたら「母と父を呼ぶのよ」と笑う。「母は私が呼ぶとすぐ来てくれるのよ。一緒に遊んだりお料理やお裁縫をするの、母は長女の私と気が合って、いろんなこと話すのよ」と、嬉しそうに語った。

 86歳のBさん(女性)はご主人に先立たれたが、健康な娘、孫、曾孫にも恵まれている。1人暮らしをしていたが、体調のすぐれない日が続き施設に入所した。テレビも新聞も見る気になれず、終日ベッドの中にいる。「少しも退屈しないのよ。大好きな母と話していると楽しいのよ」と語った。

 高齢者の中には自分史を書く人もいるが、書かなくとも想いだしその世界で遊ぶことは自由であるし素晴らしいことだ。「そう、優しいお母さんでしたのね」と幼いころの出来事を伺うことができるし、人生回顧につなげることもできる。

 そういえば私自身も最近母のしていたことを行っていることに気づく。たとえば、母は晩秋になるとゆずの種で化粧水を作り、幼い私と妹の顔や手に付けてくれた。その時の母の柔らかい手のぬくもりは今でも思い出すことができる。

 60歳を過ぎたころから毎年私もゆずの種で化粧水を作り始めた。男4人のあとに生まれた私と妹に母は目をかけていたが、その頃の私は2つ年下の妹をみんなが可愛がっているような気がして、なんとなく母と距離をおいていた。台所に立つことを嫌い、本ばかり読んでいた私を「女の子らしくない」と母は心配していたようだ。

 今の私は料理が好きだ。特に「ちらし寿司」はよく作る。何種類もの材料をきざんで煮てすし飯に混ぜる。きれいに盛って眺めてから戴く。この時も、折あるごとに作ってくれた母の「ちらし寿司」のことを思い出す。「夏は青みにきゅうりの酢の物をあしらってもいいのよ」と母の声が聞こえたりする。

 幾つになっても母は母である。寂しいとき、辛いとき、「大丈夫よ、いつでもそばにいるから、あなたなら乗り切れますよ」そして「ゆっくりと楽しんでからいらっしゃいね」と語りかけてくる。