ひと言集

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平成24年2月22日

2月のことば

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「ものは言いよう」

 「ものは言いよう」とは、同じことでも言い方によって、よくも悪くも印象が変わることである。私は「年寄り」という言葉をどうしても受け入れることができない。

 20数年ぶりに熱が出た。たまたま眼科に右目の加齢性黄斑変性症の手術のために入院した日の夜からであった。気分は悪くないし咳も出ない。でも入院する日の朝、背中にゾクゾクする感じがあった。病院の中は暖かいのでいつもは冷たい水をよく飲む習慣があったが、この日は暖かい飲み物がほしかった。ともかく手術が終わった。右目は眼帯で厳重に覆われているので眠るきり致し方なかった。

 21時に熱を測りに来たナースが「熱があるので氷で冷やしましょうね」といって氷枕と氷嚢を2個持ってきた。「氷嚢は鼠蹊部に当ててください」と言われ「これは39度位の熱だろうか?」と思ったが睡眠薬を飲んでいたので再び眠りに吸い込まれた。

 熱が下がらないまま予定通り翌日退院した。2日後の月曜日は定期の内科受診日で血液の検査も予定されていたので、家で静かに休んでいることにした。

 月曜日受診のあと医師に「薬どうする?」と言われた。「熱が出て4日目ですから薬はいりません」と返すと「そうね、でも年寄りは肺炎を起こしやすいから注意してくださいね」と言われた。思わず「むうっとした」が考えてみれば間もなく84歳になるのだから「年寄り」と言われても致し方ないだろう。

 眼科の医師は「加齢性のものは治りにくいので根気よく治療しましょう」と言う。「年寄りの病気は」とは一度も言ったことがない。

 内科も眼科も受診に来ている患者の多くが高齢者である。その中には私のように「年寄り呼ばわり」されて不愉快に思う人もいるであろう。「お年を召すと」とか「高齢になると」とか「年を重ねると」とか言いようがあるだろう。

 私たちも仕事やプライベートの場で、相手を不愉快にさせる言い方をしているのではないか反省の必要があると思った。最近の新聞に「施設における虐待」で3人のスタッフが挙げられた。言葉を含めた虐待行動は絶対にあってはならないことである。「年寄り」は虐待の言葉ではないが、「ものは言いようで」虐待に繋がることを知っておきたい。