ひと言集

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平成24年10月17日

10月のことば

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「思いが通じないの」

 74歳のCさん(女性)は入居して3か月目に入った。入居者の平均年齢が90歳近いこの施設では驚くほど若々しい。Cさんは脳卒中の後遺症で右半身に麻痺があり車椅子の生活である。

 他の方と話をしているとこちらをじっと見ていた。近づいて挨拶をすると笑顔で答えてくれた。「少しはここに慣れましたか」と声をかけると、少し間をおいて「思いが通じないの」という言葉が戻ってきた。「たとえばどのようなことですか」と尋ねたが具体的な返事は戻ってこなかった。

 「今日は庭でさんまを焼いて頂く日なのよ」とスタッフが来てピンクのカーディガンを着せた。「Cさんよくお似合いよ」というと嬉しそうな笑顔が戻ってきた。

 Cさんは穏やかで言葉少ない方である。右手が効くが食事以外、着替えや排泄などほぼ介助が必要である。33人の入居者のほぼ全員に全面介助が必要なフロアである。限られたスタッフで細やかな配慮をしているが時間が足りないし、入居者の受け止めかたは様々であろう。

 長いこと自宅で一人暮らしをしていた91歳のFさん(女性)は両足が不自由である。子どもたちの勧めで1か月前に施設に入居してきた。訪問すると「ここは環境もよいし食事も文句ないわ。でも入った日から薬を全部取り上げたのよ。私は30年も喘息を患っていているのよ。発作が起きた時の薬だけは手元にないと不安ですよ。私は長いこと主治医との信頼関係のもと薬の管理をしてきたのに、ここに入ったら91歳の婆さんとしか思われないのよ」と、憤慨した表情で何回も話し続けた。スタッフと話し合い発作時の薬と自分で調節して服用していた緩下剤は自己管理になったというが、Fさんにとっては許しがたいできごとだった。

 高齢者にとって入居という環境の変化は大きなストレスである。まして歩行が不自由な方にとっては、慣れるまでにかなりの時間がかかる。思いを適切に話せないCさん。認知症がなくご自分の意思を主張できるFさん。こうした方々の「思いが通じるケア」がどれほど大切なことか振り返り、個々の入居者が新しい環境で納得して、その人らしく暮らすことができるようになるまで細やかな配慮が必要である。