ひと言集

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平成25年2月18日

2月のことば

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「私の引き出し」

 奄美市に住むUさんから美味しいタンカン届いた。お礼の電話をかけると、「大学病院で一緒に仕事をしたときのことがすべて今の私の土台になっています」という。Uさんが鹿児島の看護学校を卒業して就職してきたのは30数年前のことである。

 大学病院の精神科ということで、あらゆる精神疾患の方が入院していた。また、重度の身体疾患を合併している方もいた。たまたま上顎癌の手術後のA氏が耳鼻科病棟から移ってきた。50歳代の小柄なA氏は両目以外すべて隠れるような大きなマスクをしていた。当時の上顎癌の手術は現代と異なり顔面に大きな変形をきたしたためである。

 A氏が精神科に移った理由はケアへの抵抗だった。A氏は食事の時だけマスクを取り、鏡を見ながら水のみで流動食をゆっくりと食道に流し込んでいた。トイレも自立していた。ケアへの抵抗は入浴をしない、汚れた衣服を着替えないことだった。確かにA氏の周囲にはたとえようのない悪臭が漂っていた。

 A氏は環境の変化に戸惑う様子もなく1週間が過ぎた。A氏に入浴をすすめ、衣服を着替えることを話すと「あ、あ」と手を振り必要ないという仕草をした。

 A氏は妻を亡くし幼子を抱えた娘一家とある島で暮らしていた。家族の面会はなく、入退院の手続きもすべて一人で行っていた。持ち物も最低限だった。A氏が入浴と着替えを嫌がる理由はなかなか分からなかった。あるスタッフが言った「数少ない衣服を洗濯して干している間に無くなってしまうのではないか不安なのではない?」話し合いに参加していたスタッフの多くが「それかもしれない」と頷いた。そこでA氏が入浴中に脱いだ衣服をスタッフが洗い乾燥室に干して、17時に必ずA氏に届けるようにすることを考えた。洗濯する衣服はシャッ1枚パンツ1枚とすべてA氏の目の前で紙に書きA氏に渡すことにした。誰がそれを行うかということになったとき、就職して間もないUさんが「私にやらせてください」と言った。

 翌朝A氏の部屋を訪問すると、UさんがA氏のベッドサイドで話していた。A氏は納得して入浴し着替えた。17時に洗濯した衣服を届け枚数を確認し合った。A氏は週2回入浴し着替えを行うようになったので悪臭は全くなくなった。Uさんと話しているときのA氏はいつも嬉しそうだった。日が経つにつれて他のスタッフとの関係もよくなり無事に治療が終わり退院の日が来た。

 A氏がUさんに言った「島へ嫁に来い」と・・・私の引き出しの中に大切にしまっておいた話である。