ひと言集

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平成25年3月18日

3月のことば

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「徘徊」

 認知症の家族会ではしばしば「徘徊」が話題に上る。Eさんのご主人はアルツハイマー病と診断されてから10年近くになる。病状の進行は緩やかで穏やかな方である。よく散歩に出かけるが必ず戻ってくることができていた。

 その日は雪が降った翌日だったが晴れて比較的暖かな日だった。昼食後散歩に出かけたEさんが夕暮れになっても戻ってこなかった。不安になった妻が夫の状態を知らせておいた隣人に話すと、隣人は車で近所の道をくまなく探してくれた。妻は交番に届け、夫が行くであろうと思うところを必死で探しまわった。住宅街は暗くなり雪の翌日ということもあって通る人はまばらだった。コートを着て革靴を履いている夫は誰の目にも認知症には見えないだろうと思うと不安はますます募るばかりだった。

 携帯のベルが鳴った。隣のご主人からだった。一本隣の道を歩いているところを見つけ車に乗せて連れて来てくれた。7時間余りどこをどう歩いたのか、トイレはどうしたのか、何も口に入れてないのか、全く分からなかった。

 テーブルを買うため友人に聞いた店を目指して夕方の4時頃目的の駅に降りた。初めての駅である。その日はどんよりとした曇りのせいか、町全体活気がなく静まり返っていた。店はすぐに見つかった。買い物をした後、店の中を見て歩いているうちにいつの間にか18時近くになっていた。入ったときと同じ出入口を出て駅を目指して歩いたが、途中で行きの倍も歩いていることに気付いた。

 新しくできて間もない町は道幅がやけに広く車は時折通るが人影はない。暗闇の中に青年らしい姿が見えた。「駅に行きたいのですが・・・」「あ、右に曲がってください」と教えてくれたが、次の瞬間消えてしまった。畑の間を右へ曲がって少し行くと古い家の板塀に突き当たった。駅らしいものは見えてこない。右は畑である。左は周りの景色とは別世界のようにきらきらと光った店が並んでいる。デパートのようだ。それはまるでお伽の国のようだった。店の中には素敵な洋服やバック、靴などが美しく飾られている。人の姿が全くないのが不思議に思えて「夢?」を見ている気分になった。
テーブルや椅子、鉢植えの木の置いてあるデッキを歩いていくと間もなく突き当たった。左右に階段がある。さて、どちらに行けばよいのか迷っているところへ、一人の夫人が通りかかった。「駅はどちらですか」と尋ねると「あ、あ、右の階段を降りてそのまま進み、突き当りを左に曲がって間もなく右の階段を降りると突き当りですよ」と丁寧に教えてくれた。教えられたとおりに進むと、小さな古びた駅にたどり着いた。迷い込んだお伽の国から現実に戻った感じだった。

 認知症の人だったら周囲の人に尋ねることができない。記憶の中にある町を探しているうちにどんどん違う道を歩いてしまう。

 Eさんの妻が言った「あの時お隣の方が見つけて下さらなかったら、主人はどこかの町で凍死していたかもしれませんね」と。