ひと言集

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平成26年2月19日

2月のことば

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「椅子のある町」

 右手に公園のあるなだらかな坂を下りイタリア料理店を左に曲がると駅に続く公園通りである。4メートルほどの狭い商店街が駅まで続く。私の足で約6分、一方通行なので前からの車に注意するだけで気楽に歩ける。途中から商店の軒先に4人掛けのベンチが置いてある。誰が掛けてもよい椅子である。横断歩道を渡り駅へのエスカレーターを上がるとそこは駅のテラスだ。

 数年前に改築された駅は鉄筋のパイプがネットのように天高く広がり超近代的な雰囲気である。ホームの上を含めて地下3階地上3階建のテラスが広がっている。慣れないと迷路のように思えるテラスには様々な店が並びウインドショッピングに好適な空間である。この空間に数えきれない程の椅子が置いてある。長椅子、パイプの椅子、植込みの周囲のベンチなどなどである。子供から若者、高齢の人達の集いの場である。休日には広場でイベントが行われ賑わう。

 道路を挟んで向かいのデパートに入ると入り口からホールへと肘掛椅子、長椅子が並べてある。各階のエスカレーターの周囲、エレベーターの前、裏口の近辺と数えきれない程の椅子である。人との待ち合わせ、疲れた時、時間の調整などにこの椅子は便利である。

 2階の吹き抜けの淵に小さなテーブルを挿んで2つの肘掛椅子が幾つか置いてある。片方の椅子に高齢の夫人が掛けていたので「こちらに掛けてもよろしいですか?」と伺うと「どうぞ、どうぞ」と笑顔で応えてくれた。「椅子が沢山あって楽ですね」などと椅子の話題になった。しばらくして夫人が話し始めた。「地方で10年ほど一人暮らしをしていましたが、娘の意向で半年前に娘夫婦の家に越してきましたのよ。ところが娘夫婦は昼間仕事で留守ですし、友人もいない。地理にも疎いので、バス1本で来られるこのデパートに毎日来て時間つぶしをしていますのよ」という。そして付け加えた。「ここの椅子からは1階の人の動きや2階に上がってくる人など眺められて退屈しませんわ」と。

 この町は大都会から離れた場所にあるので賑やかさはあっても騒々しさとは縁遠い。また、この近辺には私の友人が多く住んでいてデパートや駅でよく出会う。おしゃべりは椅子に掛けて、お互い時間があるとカフェに寄ったりする。

 この町に越してくる前に40年も暮らしていた町は駅までの道端に畑があり、季節の花々や野菜が眺められた。何よりも1級河川があり春から秋にかけて土手を散策するのが楽しみの一つだった。犬友も出来たりして好きな町だった。しかし、いま思い出してみると、公園に薄汚れた椅子が幾つかあったが、それ以外どこにも椅子がなかった。いや、私が以前暮らしていた町だけではない。私が行く先のどこの町にも有り余る程の椅子が置いてある場所を見たことがない。

 高齢になるとちょっとでよい、腰を掛けたくなるものである。