ひと言集

文字サイズ:

画像の説明

平成26年10月15日

10月のことば

2014年10月の画像

「認知症治療病棟」

 「できるだけ家庭に近い環境の中で治療ができるようにしたいと思うのですが、どうしたらできるでしょう」
ある認知症治療病棟を訪問したときの新任師長の言葉に、私は思わず「無理でしょう」と言ってしまった。
 40年も前のことだったと思うが看護関係の雑誌に「入院患者のためにはできるだけ家庭に近い環境作りが望ましい」というようなことが述べられていた。私も同感だったので努力しようとしたができなかったことを思い出した。

 若いころから病弱で入退院を繰り返していた人を除けば、多くの人が入院というのは非日常的なことである。ことに認知症の人は環境を変えないことが望ましいのだが、やむを得ず入院になったとき、家庭と似た環境であるのは理想的であろう。最近はユニット型の病院もできてきたが、多くの病院は40床から60床という単位である。長い廊下、あるいは回廊式の廊下、同じドア、共同のトイレ、広いダイニング、廊下やダイニングで会う人は知っているような気がするが、知らない人のようでもある。
 働いているスタッフにとっては当たり前の生活空間だが入院してきた認知症の人にとっては分かりにくい環境である。

 認知症の人の中には病院が自分の会社だと思い込んでいる人もいる。会社の経営者だったA氏はスタッフが声をかけると「会社は倒産だ、お前らは首だ」とこわい表情で睨んだ。車椅子のA氏を景色が見える窓際の席に決めて新聞を渡すと終日新聞に目を通し、時には居眠りをして過ごした。アクテビティケアなどへの参加は一切拒んだ。
 「紅茶を2つ」と注文?に来たB氏は喫茶店にいる様子だった。「承知いたしました」と紅茶を2つダイニングにお持ちするとそこにはB氏1人が座っていた。「どなたさまとお召し上がりですか」と伺うと「あなた様と」とほほ笑んだので2人で頂いた。

 個々の患者が病棟の場をどこと思い込んでいるかはその人のライフステージとの関係がある。A氏は仕事一筋に苦労を重ねてきた人だった。B氏はユーモアに富んだ穏やかな性格で、あらゆる場面で「取り繕う」方であった。

 福祉施設では壁に絵画を飾り植物などを置いている。またテーブルには季節の花を飾っているところが多い。個室は個人のタンスなど家庭で親しんだ家具や家族の写真などを置いている。多床室でも最低の家具を入れ、なじみの品物などをベッドサイドに置いている。

 多くの認知症治療病棟は治療が目的、事故防止などということが優先されているためか、多床室、個室、ダイニングルームすべてが実に殺風景で家庭的な雰囲気とは程遠い。認知症治療病棟は急性期の病棟とは違う。そこには治療を受けながら生活を継続する人がいる。個々の人に合わせた馴染みやすい環境作りへの配慮が大切なことだと思う。