ひと言集

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平成27年5月18日

5月のことば

2015年5月の画像

「高齢者の死」

 高齢者とのかかわりの中で「死」の問題を避けて通ることはできない。知人の死を知らされて「お幾つでしたの」「え、70代まだ若いのにね」というような話題がでる。平均寿命が延びた現代は100歳近い方やそれ以上のお年の方に度々出会う。

 「わたしは100歳を超えたよ。みんなに世話ばかりかけていて早く死にたいよ」と小柄なY子さんは会う度に話す。「世話はお互いさま、順番だから世話かけてもいいのよ。お迎えは必ず来るから急がないで待つよりないね」「そうだねえ」と笑顔が返ってくる。こうした会話が日常の挨拶のようになっている。

 101歳だというK氏は何もかも承知している方だが「僕は死んだらどこへ行くのかな」とつぶやいた。「ご両親、お姉さん、奥さんたちがあちらで待っていますよ。(遅かったのね、待っていたのよ)というでしょう」K氏は苦笑した。
ご両親、お姉さんという言葉から故郷を思い出したのか「そろそろスイカが出るね。真桑瓜(マクワウリ)あれもいいね。井戸の中に吊るしておいてあの冷たさがちょうどいいね」と話が始まり、この夏食べたいという意欲につながっていった。

 「わたし死ぬからその前に会ってお別れ言いたいので来て」と友人から電話が入った。昆布茶を持って伺うと、臥床したまま「もう、腰も背中も痛くて、病院に行ったら2時間も待たされて原因がわからないというのよ。もう充分生きたから死ぬの」と言って食事も水も断つという。「そう、辛いわね、食事や水を断つともっと辛いことになると思うな、ともかく昆布茶でも飲んでみて」と勧めた。友人は私と同年代である。活発な方だったが最近腰痛に悩まされていた。
歯が丈夫で硬いものを好んで食べていた。「明日草加に行くのでネギ味噌せんべいを買って来るわ、ネギ味噌せんべいを食べてから先のことを考えたら」「いらないわ」と強い言葉が返ってきた。翌日ネギ味噌せんべいを持っていくと「今夜主食の代わりにこれ戴くわ」と弾むような返事と笑顔が戻ってきた。

 高齢でもそれなりに元気で行動できる間はよいが、病気や加齢のために行動の自立を失うとどれほど辛いか日々実感している。「死」についての考え方は個人によって異なるが高齢者の多くは「ぽっくり死にたい」という。しかし、こればかりは思うようにいかない。お互い高齢では生活面の支援は難しいが、個人に合わせた精神面の支援ができたらよいなと思うこの頃である。