今月のひと言

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平成29年12月7日

12月のことば

2017年12月の画像

「ゆず」

 歩道や公園の落ち葉を踏むと懐かしい香りに包まれる。木によって香りが異なるのを楽しむ。やがて八つ手の花がひっそりと咲く晩秋から初冬にかけての季節が好きである。スーパーの店先には季節に関係なくさまざまな野菜や果物が溢れているが、その季節でなければ味わうことができないものもある。その一つが「ゆず」である。

 この季節、故郷にあった一本のゆずの木を思い出す。小高い山のふもとに広がった見渡す限りの田圃、横に長い村だった。山のふもとを上、山から離れたところを下と呼んでいた。下の一番はずれの井戸の傍に一本の大きなゆずの木があった。どこまでも澄み切った青空、緑の葉の間に金色のゆずが輝いて見えた。

 ゆずの木の周りに、籠を持った村の女性が集まってゆずの木を見上げていた。男性が梯子をかけて緑の葉と太いトゲの間からゆずを切りとる。ゆずは女性たちの手で公平に分けられた。その中に私の母もいた。

 「ゆずは捨てるところがない」と母は言い、嬉しそうにゆずの処理を始めていた。ゆずの皮と果肉は砂糖漬けに、種は焼酎に漬け置き、布巾でこしてグリセリンを混ぜて化粧水を作った。当時のおやつは、蒸したサツマイモか干しイモ、おせんべい位だったので、ちょっと苦みのある香り高いゆずの砂糖漬けは、この季節にしか味わうことができない貴重なおやつだった。

 4人の兄の後に私と妹が生まれたので、母は私たち姉妹には特別な思いがあったようだ。お風呂から上がったとき必ず自分がつけていた化粧水を私たちの頬につけてくれた。しもやけで膨らんだ手にも優しくつけてくれた。冬はゆずで作った化粧水だった。妹は可愛い性格で誰からも好かれたが、私は口数が少なく家事も手伝わず時間があると本を読んでいた。母に対して批判的だったが口に出しては言わなかった。母は他人に私を紹介するとき「我儘な娘です」と言っていた。妹は末っ子ということもあって、いつも母と一緒だった。結婚してからも母と気が合いよく話し合っていた。一方私は生涯母の思い通りにならなかったようだ。

 母の生き方に批判的だった私が、母の年を越えたころから母と同じ行動をとっていることに気付いた。その一つがゆずの種の化粧水つくり、ゆずの皮と果肉のジャムつくりである。

 明治生まれの母はふっくらとした体つきで色白だった。おしゃれで毎月髪を染めていた。78歳で急死したが、娘らしく優しい言葉かけをしてやれなかったことを後悔している。「ゆず」を手にするたびに。