今月のひと言

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平成30年3月14日

3月のことば

2018年03月の画像

「叫び声の裏にあるもの」

 ガラス越しの部屋の中から何とも言い難いような大きな声が頻回に聞こえてきた。車椅子に掛けたNさんの叫び声であった。Nさんは目を閉じたまま聞き取れないような声でひとり言を言っているが、その間に叫び声を上げた。しばらくNさんの前に掛けて様子を見ていたが、こちらには気づかないようだった。「Nさんどうしたの?寂しいの?」と声をかけると目を開けて「寂しい」とつぶやいた。「年を取ると親しい人が居なくなって寂しいね」と話しかけたら、Nさんの目から涙があふれ出た。「寂しいね、辛いね」とNさんの手を取り擦った。じっとこちらを見つめているNさん。

 90歳を過ぎているNさんは重度の認知症である。他の施設に入所していたが、目覚めている間中大声で叫ぶので、この状態を改善する目的で数日前に入院してきた。若い頃小学校の教師をしていたというNさんは唱歌が大好きという情報があったので、春にちなんだ唱歌を歌うと目を開けて笑顔で一緒に歌いだした。歯は一本もないが聞き取れるような歌声だった。

 大声を出すことはそれだけエネルギーがあるし、嚥下訓練にもなるので機能面では良いと思うが、精神面の癒しにはならない。Nさんのように大声で叫ぶ人は少数だがいる。

 B氏は働き者で人付き合いも良かった。認知症と診断されてからも近所の親しい人と囲碁や将棋を楽しみ、旅行などにも出かけてそれなりに楽しんで過ごしていた。その後、病状が進み他者との交流が難しくなり、デイサービスなどを利用するようになった。その頃から突然大声で叫び家族に当たり散らす行動が現れた。在宅介護が困難になり、施設に入所したが目覚めている間中大声で叫ぶ行動が続き、何種類かの薬を投与されたが、いずれも副作用が強く薬は中止された。施設でのケアは困難ということで専門治療病棟に移ることになった。

 長い間介護にあたっていた妻に、B氏の叫ぶという行動の原因は何から来ているのか思い当たることはないか尋ねた。すると、叫び声を上げ始めた頃「俺は何をすればいいんだ」と言ったことがあったという。行動派だったB氏にとって、何をどうすればよいのか、何もできないという苦しみの叫び声だったのだ。

 認知症の人への介護は難しいが、個別介護の時代、少数派であっても重度になったNさんやB氏のように苦しんでいる人が安らかに過ごせる方法を見つけることが介護にあたる者の課題だと思う。