今月のひと言

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2019年2月12日

2月のことば

2019年2月の画像

「ほろ苦い青春の思い出」

 枯草の上に腰を下ろしてお弁当を広げた。2月初旬の暖かな日だった。隣りに座ったご老人が「あっ」と小さな声をあげて枯草の中から一粒の蕗の薹(フキノトウ)をつまみあげた。うす緑色の可憐な蕗の薹、参加者が一斉に自分の周りに蕗の薹がないか探し始めた。見つけるたびに「おっ、おっ」と感動の声を上げた。

 ご老人は蕗の薹の周りの葉を開いて中から小さな花のつぼみを取り出し、黄金色のさつま揚げにのせ「美味しいよ」と言って私にくださった。ほろ苦い味が口の中いっぱいに広がった。

 私が20代半ばの頃のことである。戦中・戦後の食糧難で栄養状態が悪く同級生や先輩たちの中から結核になる人が多かった。私もその中の一人で、3年近く療養生活を送った。退屈な療養生活の中で俳句を始めていた。

 健康を取り戻してから、当時憧れていたある人の誘いで俳句のグループに入り、句会や吟行に度々参加するようになった。参加者は30代以上で高齢者が多く私は一番年下だった。下手な俳句を披露するのは恥ずかしかったが、先輩たちが優しく指導してくださったので楽しかった。

 何事にも耐えてきた戦中・戦後の何もない灰色の時代、敵国であったアメリカからの援助を受ける屈辱感、そんな時代から抜け出ようと人々は必死になって働いた。やろうと思えば何でも叶えることが出来る希望に満ち始めた時代であった。

 そうした時代の中、長い療養生活で生きる意欲を失いかけていた私は俳句を通して自然の美しさやたくましさに出会うことが出来た。憧れの人からは俳句以外の絵画や音楽について学ぶことが沢山あった。仕事の都合で東京を離れた後も、長いこと文通は続いたがやがて途絶えた。

 今日農協で蕗の薹を手に取り「ほろ苦い青春の思い出」がよみがえってきた。過ぎたことを思い出しそれに浸っているという習慣はない。今に生きることで精一杯である。それにしても私に多くの知恵や教養を授けてくれた人たちは、すでにあの世に旅立っている。今は「ありがとう」と感謝の言葉を折あるごとにつぶやいている。