今月のひと言

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平成30年7月11日

7月のことば

2018年07月の画像

「とりつくろう」

 朝駅に向かって歩いて行くと、赤い帽子、青い帽子、黄色い帽子の保育園児の集団によく出会う。近くの公園に行く途中だ。お友達と手をつなぎ、お行儀よく先生の誘導にしたがって歩いている。「おはよう」と声をかけると「おはようございます」と笑顔が戻ってくる。
朝の支度の時に忙しい親をてこずらせた児、駅の構内に腹ばいになって大泣きした児、保育園で親と別れるとき泣いた児もみんな良い児になっている。

 認知症のご主人と四六時中一緒にいると気が休まらないので、デイサービスを利用しようと思ったが、ご主人がなかなか承知してくれなかった。担当医からの勧めでしぶしぶデイサービスを利用することになったが、毎朝「今日は行かない」と不機嫌になり夫人を困らせた。
ところが施設の車が着き、スタッフが「○○さんお迎えに伺いました」と言うと「や、ありがとう」といそいそと車に乗り込むという。スタッフの話ではデイサービスの場面では、機嫌よくプログラムに参加し、ご自分より虚弱な人を労わったりしているという。

 ご近所の人や親戚の人に、認知症のご主人の行動で困っていることを話しても「あら、お会いしたときはどこも変わっていないように思いましたが」と言われ、こちらが悪いような気分になってしまう。と夫人はこぼされた。

 認知症の人は家庭内の生活に支障をきたすようになっても、人前では「とりつくろう」ことができるのが特徴だ。

 「とりつくろう」とういうのは認知症の人に限らないと思う。私たちも外出先やことに仕事の場面では自覚していなくとも明らかに違う。とりつくろっている。
朝出かける準備をしていて、今日は体がだるく億劫だなと思っても、玄関のカギを閉めた途端仕事モードに変わっている自分に気づく。出先では家での顔と多少違う人、極端に違う人などさまざまであると思う。

 人前で「とりつくろう」ということは、幼いころからのしつけや教育、環境などによって身についた習慣の一つだと思う。

 認知症の人とのお付き合いは「とりつくろう」ことのできるという特徴を利用するとよいと思う。そのためには親しい家族ではなく、親しい中にも距離を持った他人でいるとよい。介護する側も「とりつくろった」言葉、態度でかかわっていくようにするのは如何でしょうか。