今月のひと言

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平成30年8月16日

8月のことば

 西日本豪雨災害に遭われた皆さまにお見舞い申し上げます。

2018年08月の画像

「嫌な臭い」

 82年前の二百十日(9月1日)の朝「起きなさい、早く着替えて学校の本をカバンに入れて」いつもの母と違うのに気づいて、言われるままに動いた。5時前くらいだったと思う。
「風の向きが変わった。危ない。土手に行こう」土間に今まで見たこともないほど大きな窯があった。「その窯を持って土手に行きなさい」と母は兄に命令した。窯の中には炊き上がった白いご飯があった。何がどうしたのか分からなかったが、母の真剣さに皆圧倒されて言うままに動いた。

 その時、村中に半鐘がガンガン鳴り響いた。土手に着いた時、ゴーという響きと共に今渡った道路に濁流が押し寄せた。「渡良瀬川が決壊したぞ」と大人たちが叫んだ。

 私の故郷は渡良瀬川に沿った細長い村で、山の近くを「上」と言い、山から離れたところを「下」と言っていた。下のはずれの井戸の傍に一本の柚子の木があったことは、昨年の12月の言葉に書いたが、更にそこから1キロも離れたところに母の知り合いが一人暮らしをしていた。

 二百十日の朝は、昨夜からの豪雨で母は眠れなかった。夜中に大きな窯を出してご飯を炊いた。母はそのあと知り合いの人を起こしに走って行ってきたという。電話のなかった時代である。

 隣村まで広がった黄色く実った刈入れ間近い田圃一面に濁流が流れた。海を見たことのない私は「海みたい?」と思った。その濁流の中に何軒もの家が浮かんで流れて行った。大人たちは「あ、あ」と大きなため息をついていた。

 夕方になって水が引いた。膝まで泥に埋まりながら西日の中を家に戻った。あたり一面に今まで嗅いだことのない嫌な臭いが漂っていた。目の前に潰れた大きな瓦屋根の家があった。100年を超すような古い家だった。家の裏に井戸があって隣近所の人が水を汲みに来ていた。当時は水道も無かったし、井戸もどこの家にもあるという時代ではなかった。家の裏は小高い竹藪になっていて、人が水桶を持って通れるくらい切り取られ、裏の家からも水を汲みに来ていた。その切り取られた細い道から濁流が押し寄せ古い家を直撃したようだ。

 その夜は柱だけ残って何もない近所の家の床の上で、近所の人達と過ごした。あの嫌な臭いの中で・・・
私の足には、膝から下におできがいっぱいできていた。泥水の中を歩いて感染したのだ。

 洪水のあと隣村に引っ越した。
 残暑の厳しい田圃道を妹の手を取って家の方へ歩いて行った。家が近づいてくる。19歳の時に父親と死別した長兄は25歳位だったろうか、大工の友人と2人で家を建てていた。屋根の上から「おお、来たか」と言った。いつもの優しい声だった。新しい家に引っ越した後、母は長いこと病床に臥せっていた。

 大洪水の報道を聞くたびに、あの時の情景と嫌な臭いが襲ってくる。